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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)712号 判決 1955年6月29日

東京都中野区氷川町二十二番地

控訴人

細田周治

右訴訟代理人弁護士

両角誠英

東京都千代田区丸の内三丁目一番地

被控訴人

日本勧業証券株式会社

右法定代理人代表取締役

蛎崎俊広

右訴訟代理人弁護士

志方篤

右当事者間の昭和二十九年(ネ)第七一二号金員返還請求控訴事件について、当裁判所は昭和三十年六月十日終結した口頭弁論に基いて左のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の不法行為による予備的請求を棄却する。

控訴費用を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金百四十七万円及び内金十万円については昭和二十四年五月二十四日から、内金二十万円については同年六月二日から、内金百万円については同月十七日から、内金十七万円については同年七月五日からそれぞれ支払済まで年一割の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、下記の外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。被控訴代理人は従前から主張しているように、尾上利夫が個人として控訴人から金員を預り、株式の売買に運用して月一割ないし一割二分の利益を支払うことを約していたのであるから、金員を預かるについてはなんら控訴人を欺罔したことはなく、尾上利夫は個人としても控訴人に対し不法行為上の責任は負わないものである又尾上利夫はその当時被控訴会社の外務員で、証券取引法第五六条の規定からも明なように、その職務は有価証券の募集若くは売買又は有価証券市場での売買取引の委託の勧誘に限られ上記の如き金員の受託は余くその職務外である。故にいずれからしても、被控訴人は民法第七一五条による責任を負う筋合はない。と述べた。

当事者双方の提出援用した証拠方法とそれに対する認否は、左記の外は、原判決摘示のものと同一であるから、ここに引用する。控訴代理人において、新に甲第七、第八号証を提出し、原審証人小林健三、洗川竜雄の各証言を利益に援用し、当審での証人尾上利夫の証言(第一回)及び控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第八号証の一、二の成立は不知であると述べた。被控訴代理人は新に乙第八号証の一、二を提出し当審での証人尾上利夫(第一、二回)、同日野真子の各証言を援用し、甲第七号証の成立は認めるが、甲第八号証の成立は不知であると述べた。

理由

被控訴人が株式その他の有価証券の売買又はその媒介等を目的とする株式会社であり、訴外尾上利夫が昭和二十四年当時その専属外務員であつたことは当事者間に争がない。

控訴人は昭和二十四年五月二十四日から、その主張のように、合計四回に総計金百五十七万円を尾上利夫を通じて被控訴人に預けたと主張し、被控訴人は右金員は預かつたことはなく、尾上利夫が個人として預かつたものであると主張するから、次に判断する。各その成立について争のない甲第一号証の一ないし五、同第六号証の一、二、原審での控訴本人尋問の結果(第一回)によりその成立を認めることができる甲第二号証、原審証人細見一郎の証言により各その成立を認めることのできる乙第一及び第三ないし第五号証、原審証人洗川竜雄の証言(第二回)により各その成立を認めることのできる乙第二及び第七号証、当審証人尾上利夫の証言(第二回)によりその成立を認めることのできる乙第八号証の一、二及び、原審証人細見一郎、小林健三、鈴木勇、洗川竜雄(第一、二回)、原審と当審証人日野真子、尾上利夫(当審第一、二回)の各証言、並びに原審での被控訴会社の代表者、原審(第一、二回)と当審での控訴人の各本人尋問の結果(右控訴人本人尋問の結果中後記の信用しない部分を除く)すれば、左記の諸事実を認めることができる。

控訴人は医師で予てから相当額の銀行予金を有していたが、それを有利に利殖したいと考えていた処、昭和二十四年三月頃医師会で訴外日野真子に会い、同人が友人で株式の事情に通じている尾上利夫に委託して、同人の判断で同人の勤務先である被控訴人を通じて株式の売買をなし、その当時株式が相当高価であつた関係で同人に交付した金額に対し月一割以上の利益を得ているとの話をきき、日野真子に依頼して尾上利夫に紹介を受け、日野真子の場合と同様に、尾上利夫に株式の売買の資金を交付して、同人が自己の判断で被控訴人を通じて株式の売買をなすことを委託して、その交付金に対する月一割ないし一割二分の利益を得て控訴人に交付することを約した。控訴人は右契約に基いて、尾上利夫に対し株式売買の資金として、控訴人主張のように、(一)昭和二十四年五月二十四日に金二十万円同年六月二日に金二十万円、(二)同月十七日に金百万円、(三)同年七月五日に金十七万円に交付した。同人は右金員を受領して約束のように、被控訴人に控訴人の本名又は変名の中島泰生の名義で株式を売買することを委任してその当時被控訴人にその代金として右金員を交付して、被控訴人から控訴人又は中島泰生名義で領収証を受取つていたが、控訴人から交付した金員の受領書を請求されたので、尾上利夫は右預り金で被控訴人に株式の売買をなしたことをも明にする趣旨で、右領収書をそのまま(甲第一号証の一、二、五)、又は控訴人から領収証の形式よりも預り証の形式がいいと言われたので、尾上利夫が自ら領収証の収の字を消して(甲第一号証の三、四)、控訴人に交付していたが、その後控訴人からの請求があつて同年七月二十五日に金十万円を返還したときには、さきの二十万円の領収証の金額を金十万円、日時を同年七月二十五日と変更した(甲第一号証の一)、尾上利夫は契約に基いて控訴人又は中島泰生名義で被控訴人に委託して株式の売買をなしていたが、最初のうちは充分利益を得ていたので控訴人に約束のような月一割ないし一割二分位の利益金を交付していたが、そのうち株式が相当低落してきたのでとうてい月一割に相当するだけの利益をあげることも困難になつたが、控訴人からの督促が急であつたので、尾上利夫は株式の売買による利益がなくても無理して利益を支払い、控訴人に合計金八十万円ないし金百万円位支払つたが、株式市場が不況になり、株式の売買によつての利益があがらなくなつたばかりでなく損失を受けたので、ついに控訴人に利益はもちろん交付された資金を返還することも全く不能となつてしまつた。

右諸認定に反する原審(第一、二回)と当審での控訴人本人尋問の結果と甲第八号証の記載は上掲各証拠に比較して信用ができないし、外に上記諸認定を動かして控訴人主張のような事実を認めることはできない。

従つて上記認定の合計金百四十七万円(上記認定の返還を受けた金十万円を除く)は、控訴人が充分了承の上被控訴人ではなく尾上利夫個人に預けたものであるから、被控訴人は、民法第百十条によつても、又証券取引法第五六条によつてもなんら責任を負う関係にないことはもちろんであるから、控訴人の第一次の請求はその余の争点について判断をなすまでもなく失当である。

次に、控訴人の第二次の民法第七一五条による請求は、上記第一次の請求とは請求原因を異にするものであるから、予備的に訴を追加的に併合したことになり、ただたんに攻撃方法を新たに提出したのではないから、民事訴訟法第一三九条によつて却下することはできない。しかも追加的に変更された右訴は、大体において第一次の訴の請求原因である事実を審理すると同時に審理される事実について、別個の理論構成をなしたに止まり、追加的に変更された請求の審理の為に特に審理が遅延するとは認められないから、控訴人のなした右訴の変更は適法なものといわなければならない。しかしながら、尾上利夫は上記認定のように控訴人から充分の了解の上で個人として上記金員を受領したのであるから、尾上利夫が控訴人を欺罔して金員を詐取したことを前提とする控訴人の第二次の請求は、その余の争点について判断をなすまでもなく失当である。

従つて控訴人の第一次の請求を理由なしとして棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項によつて本件控訴を棄却すべきである。控訴人の第二次の請求については、原審は民事訴訟第一三九条によつて却下しているが、それは失当であるばかりでなく、結局主文においてはなんら判断されていないと認めるの外はない。しかしながら、控訴人の第二次の請求は予備的請求の追加による訴の変更であり、控訴審において新たになし得るものであるばかりではなく、その請求原因事実の主なる部分については、原審において審理判断をなしているのであるから当審において直ちにこれを審判し、主文においてこれを棄却するを相当と認める。なお控訴審での訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のように判決する。

東京高等裁判所第一民事部

裁判長判事 柳川昌勝

判事 村松俊夫

判事 中村匡三

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